事実にすべてを語らせること――八木橋宏勇氏に聞く――

――大学では、どんな授業をなさっているのですか?

 杏林大学では英語やコミュニケーション論、慶應義塾大学では認知言語学で、言語の定形性と創造性を中心に扱っています。

――認知言語学を専門とされたきっかけは?

 高校生の頃は英語の多義語に興味があり、将来英語を学問としてやりたいと思っていました。慶應義塾大学では、日本語母語話者が英語を習得する上で、どのように語彙を身につけたらよいかを探求しました。学部の4年で唐須教光先生に勧められ、大学院の授業で認知言語学を受講したのがきっかけです。大学院へ進んで認知言語学を専攻し、定形表現を研究することになりました。

――子どもの頃から言語には関心がありましたか?

 父が弘前大学出身の勤務医で、幼い頃は転勤で引っ越すことが多く秋田県にも行きました。中学2年で弘前に戻ったんですが、同級生の津軽弁がわからず苦労しました。けれど半年もせずに母語話者のようになり、面白いなと思いました。また、十三歳離れた妹がことばを覚えていくプロセスを興味深く見ていました。徐々に言語学の方向に向かう環境にあった気がしますね。

――いろはかるたやことわざで印象に残っているのは?

 かるたはほとんど印象がないんですが、ことわざは、かつて国語の先生をしていた祖母が、ことあるごとにぽんぽん言っていました。「三遍まわって煙草にしよう」とか。幼いときは、本当にくるくる三遍まわって煙草に塩かけると思っていたんですけど(笑)。本当の意味を知って、なるほど、確かに学んだなという確証を得られるのがことわざでした。そうそう、テレビを見ていて父親が急に笑いだしたことがありました。ことわざをもじったCMだったのですが、元の表現を知らなかったので、なぜ笑うのかわかりませんでした。いま思うと、そんな体験が『ことわざ』に書いた論文のベースにあったかもしれません。

――言語の中で、ことわざの占める位置は?

 伝統的な言語学概論では、言語の特徴の一つとして恣意性をよく挙げます。しかし、たしかに恣意性はありますが、それが言語の最大の特徴ではないと思います。最近、メンタル・コーパスといいますが、われわれはコミュニケーションの経験を通して、データをどんどん心の中に蓄積していきます。定形的性質が大きくなるわけですが、それを基にまた新たなコミュニケーションをする際は、ことわざなども決まりきった表現方法ばかりではなく、少し逸脱したもじりなどで異化効果を上げ、うるおいのあるものにしていくところが面白いなと感じています。

――研究方法で重視されていることは?

 スタンスとして、事実にすべてを語らせることを大事にしようと考えています。言語学では、生成文法のように理屈はわかるけど、本当にそうなのか、ぴんとこないことがあります。やはり研究するときは、頭の中ではなく、現実にいろんなところでいろんなものを見て、感じて、その中からこれを取り上げたいという事例を選んでスタートすることを心がけています。認知言語学の枠組みで分析するわけですが、経験基盤主義といって、経験を大事にして用例を積み上げていきます。最終的に事実と整合するか、無理がないか、都合のよい操作をしていないか、自分で確認します。

――研究以外の趣味は?

 大学で夜遅くなったときに残業している事務職員にコーヒーを出すことですね(笑)。それと、出かけるときは、いろんなルートを歩くのが好きです。歩いていると、「店産店消」など、思いがけない表現に出会えます。この店は店内で野菜を作って料理していました。また、言語学と関連しますが、少数話者危機言語を大切にするNPO法人地球ことば村・世界言語博物館の活動にも参加しています。

(聞き手・北村孝一)

プロフィール
やぎはし・ひろとし
杏林大学外国語学部准教授(認知言語学)。1979年生まれ。青森県出身。慶應義塾大学文学部卒、同大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。著書(共著)に『聖書と比喩――メタファで旧約聖書の世界を知る』(慶應義塾大学出版会、2011)、論考に「使用基盤モデルから見たことわざの創造的使用」(『ことわざ』第7号、ことわざ学会、2015)など。

※初出「たとえ艸」第84号(2016年5月8日)