ミニマムで学ぶ〈ことわざ〉シリーズ(北村孝一監修)

(クレス出版、2017年)

際立つ各言語の〈ことわざ〉の個性

武田 勝昭 

〈ミニマム〉とは「母語話者が常識的に知っていて、よく使うことわざ」を指す。1970年代に提唱され、今では言語習得、異文化理解の課題としてことわざ学の一角を占める。未だ理論の域を出ない中、本シリーズは〈ミニマム〉を理念とし、複数の言語を取り上げて実践編の先鞭をつけた。実を結んだのは、理論に拘泥せず執筆者の識見と研鑽に委ねたことによるだろう。

既刊は、『英語のことわざ』(北村孝一著)、『フランス語のことわざ』(大橋尚泰著)、『韓国語のことわざ』(鄭芝淑著)の3点。選んだことわざは各編100個。1頁1つのことわざを取り上げ、原語、日本語訳、意味、用法に加えて、レトリックや文化的背景などを解説する。さらに頁の半分を割いて、ネイティブの協力を得た(韓国語編は著者がネイティブ)会話(体)の用例を示す。ねらいは適切な使用場面やニュアンスを感覚的につかんで応用を利かせるところにある。

既刊の英語、フランス語、韓国語で選ばれた〈ミニマム〉を比べると、当然のことながら、それぞれの言語のことわざが持つ個性が強く感じられる。個性をそれぞれの言語コミュニティが共有することわざ観と言い換えてもよい。ことわざ観は、ことわさの呼称・定義から読み解くことができる。著者の解説に従って、日本語の〈ことわざ〉に対応する呼称とその特徴を確認する。フランス語〈proverbe〉は「文であり教訓や結論(価値判断)を含むもの」(〈成句locution〉とは厳密に区別する)。英語〈proverb〉もそれに近いが適応はゆるやか。韓国語の〈ソクタム(俗談)〉は「庶民が好んで使う表現」を意味し形式には拘らない(漢文表現の故事成語、格言などとは明確に区別)。

ラ・フォンテーヌの『寓話』や古典劇から伝承された12音節のことわざに「悠揚迫らざる重厚感と均整美」を感じるフランス社会。かたや、日常のあらゆる機会に奔放な〈ソクタム〉を口にする「親(しん)ことわざ社会」(著者の造語?)。ことわざの魅力でもあるこの多様性は、〈ミニマム〉の杓子定規な基準には馴染まない。厳格な基準を設けて調整すれば、プロクルステスの寝台の轍を踏むことになろう。

本シリーズは、得意とする言語の指南書として、またことわざの世界を俯瞰する手引きとして、末長く愛読されるだろう。最後に、章末のコラムにことわざの社会言語学的トピックが満載されていることを付記する。中国語、ドイツ語、スペイン語のものも続刊の予定。

※初出「たとえ艸」第86号(2017年8月1日)