学会誌『ことわざ』第4号

永野恒雄

 『ことわざ』の第4号は、6本の論文を収録している。いずれも貴重な問題提起をおこなっており、読んで興味深くかつ刺激的である。ことわざ学会のこの間の研究の蓄積とその水準を示すものであることは、言うまでもない。

山本祐介会員の「“X is the mother of   Y”パターンのことわざについて」は、言語認知学の手法を用いながら、ことわざにおける表現と論理について考察している。  山本会員は、“X is the mother of Y”(XはYの母)というパターンのことわざに着目した上で、Tuner(1987)を援用しながら、このパターンのことわざには、因果関係を親子関係によって説明しようとする概念メタファーが存在するという指摘をしている。この指摘だけでも十分に刺激的だが、さらに山本会員は、こうした言語メタファー、あるいは「母」という言葉を「生み出すもの」という意味で使用する表現パターンは、もとから日本にあったものではなく、近代における西諺の輸入・翻訳とともにもたらされたのではないかという仮説を提示する。短い論文だが、きわめて示唆するところが大きい。

鄭芝淑会員の「一語補充式アンケート法による日本のことわざの認知度調査」は、PSリストを用いた日本のことわざの認知度に関する調査の報告である。PSリスト(ことわざスペクトルリスト)が、鄭会員の創見(2004)によるものであることは、言うまでもない。ここでは、アンケートに「一語補充式」という方法を採用したことにより、PSリストの有効性が、一層明確になった。また、こうしたアンケートを通して、PSリストの完成度を高めようとされている鄭会員の努力に敬意を払いたい。

李恵敏会員の「ことわざの透明性」は、「透明性」というこれまでにない視点から日中韓のことわざを比較分析した、興味深い論文である。李会員によれば、「透明性」とは、「表現の直示的意味とことわざの暗示的意味との距離を表す概念」である。李会員が、この「透明性」という視点を持つにいたったキッカケは、中国のことわざ辞典の約半数(77点のうち38点)は、ことわざの「解釈」を載せていない事実に気づいたことだという。李会員も示唆されているように、この「透明性」という視点は、日中韓のことわざ文化の違い、あるいは「ことわざ」そのものに対する理解の違いといった問題と関わる、きわめて重要な視点なのではないだろうか。

紙数の都合で、賈惠京会員の「『あし』を含むことわざについての日韓対照研究」、および藤村恵会員の「国語教科書におけることわざ目録稿(戦前編Ⅱ)」について言及できないことを遺憾とする。

最後に、渡部修会員の「上代のことわざ」について触れる。冒頭に「上代文献中からことわざを収集し、それらを整理・分類する作業は、思いの外難しい」とあるが、まさにこの論文は、その「難しさ」を詳細に、説得的に論じた論文である。末尾にある、ことわざは「意味不明の成句の流行に神意の発露を感じ取っていた当時の人々の心意に支えられていた」という指摘は、ことわざの本質に迫るものであり、また、渡部会員の学風がよく示されていて興味深い。  (ことわざ学会刊、2010年8月30日発行)