“ことわざフォーラム2021”は、12月4日(土)午前10時より杏林大学井の頭キャンパスで、ズームを併用するハイブリッド方式で開催された。メインテーマは「子どもとことわざ」で、コロナ感染症の先行きが依然として不透明ななか、参加者は会場とリモートを合わせ51名と、静かな盛会であった。
研究発表
午前の部は、会員による研究発表(自由テーマ)で、最初は鈴木雅子会員(昭和女子大学助教)の「大越成徳が英語で紹介した日本のことわざ」です。勘所だけいうと、外交官の大越成徳(1855-1923)はイギリス人に日本のことわざを紹介するのに、どんなことわざを選び、どう紹介したかという二つが重要です。選んだのは日本で日常的に使われている一群でした。次に個々をどう紹介したかですが、鈴木さんは、①日本のことわざをローマ字で綴ってその読み方を伝え、②その下に「表の意味」(文字どおりの意味)を英訳したものを添え、③対応する英語のことわざを横にならべたことを明らかにしました。その意義を考えると、誰にでも音読でき、「裏の意味」を考える手掛かりを与え、比較を容易にしたのではないかとなります。すると上の紹介法の重要な特徴が浮かび上がります。まず対応する英語のことわざを配置したことが日英に共通する見方・考え方を発見する機会であったこと、逆に対応するそれが見当たらない時には両国の間には異なった見方・考え方が横たわっていることに気づく機会だったからです。これは優れた紹介法です。さらに振り返ってみて下さい。これが日本のことわざを外国の人々に伝える現代の方法と酷似しています。
次の発表は、李惠敏会員(名古屋大学非常勤講師)による「中国人にとっての諺」です。李さんは現代中国の研究動向を踏まえ、多様なことわざ群を広義と狭義に分けて考えます。広義のことわざを「俗語」とよんで、またこの中に含まれる狭義のそれを、「諺語」と「歇后語」と「成語」(故事や四字熟語)という小グループに分けます。「諺語」はいわば思考や知識を扱い、「歇后語」はシャレ言葉で笑いを生むことわざの一群です。私はこの笑いやユーモアを生み出すことわざを日韓中の三国で比較してみたらおもしろかろうと思いました。
最後は、大島中正会員(同志社女子大学教授)の「ことわざはどのように使用されているか──2次的用法を中心に──」です。ことわざによって物事を論評したり、論拠として用いるものを1次的用法とし、これらが本来的、基本的な用法であろうとします。しかし、これらとは別の用法――ことわざの持つ説得力や簡潔性を自己の主張などを説得力あるものにするために使うもの――も散見されるとし、後者を2 次的用法と仮称します。この辺りは抽象的でやや理解しにくいのですが、次に経済学や言語学、生物学などの広範な分野の啓蒙書から具体例を5つ挙げ、なるほどこうした用法も確かにあると同意できました。従来のことわざ研究では、あまり取り上げられなかった用法ですが、話の導入部の糸口にしたり、さりげなく傍証的に引いて共感をもたらすなど、思いのほかよく使われる用法といえるかもしれません。ことわざの用法の全容を解明するために、1次的用法に加え、2次的用法について今後も実例収集を継続する必要があるということなので、今後の成果の発表に注目したいと思います。(尾﨑光弘)
ワークショップ
最初は星城大学リハビリテーション学部講師(英語・ブルガリア語)の長谷川スベトラ・イワノワ会員による「ブルガリアにおける子どもとことわざ」。長谷川氏は、香水用バラ栽培の世界最大産地国であるブルガリアに私達をまずいざなった。1kg のバラの香油のために3500kgものバラの花びらが必要であることや6月の「バラ祭り」(1903年が初回)に世界中から観光客が訪れる様子を映像で楽しんだ。子どもを喩えにした諺から見えてくるのは年長者への敬愛とからかい、500 年にわたってオスマン帝国の支配下に置かれた過去、そして大人に見守られている元気な子どもたちだ。学校でもブルガリア語や英語の授業で諺は非常によく使われるとのことであった。
次は、堀江正郎氏(NPO地球ことば村・世界言語博物館理事)の「“いろはかるたを楽しむかい(会)?” の報告」。2014年から2019年まで、年に一度6回にわたり、ことわざ学会と地球ことば村の共催で開催されてきたもので、会場(清澄、殿ヶ谷戸、浜離宮;各庭園内の和室)、参加者数(毎回20~30名)、年齢層(保育園・幼稚園児から70代)、参加者の感想などが具体的に報告された。いろはかるたに馴染みがなかった子どもたちが、遊びはじめると、すぐに夢中になり、大人を圧倒して好成績を挙げるケースが多々あったことは特記すべきだろう。フロアからも子どもや孫を連れて参加した際の感想があり、最後はリモートで岩瀬裕子さんと娘さんの鞠奈さん(小学生)が登場した。この会への参加がきっかけとなって鞠奈さんが大好きな遊びになり、その後海外に長期滞在中も誰か日本人が来るといつも遊んでいたことが報告された。(保阪良子)
シンポジウム
ことわざフォーラム2021のテーマは「子どもとことわざ」、シンポジウムのテーマも「子どもとことわざ」であった。パネリストは、北村孝一、小西由起、向井吉人さん、尾﨑光弘の四氏(報告順)。
北村孝一会員の報告は、「子どもとことわざの関わり」と題するもので、世界各地のことわざを引きながら、ことわざの素材としての「子ども」、ことわざにあらわれた「子ども」観について概説した。報告の最後で氏は、現在の子どもたちの状況で「気にかかる」ことに触れたが、これは、そのあとの報告にも関わる、重要な問題提起だった。
小西由起氏(アマチュア小説家)の報告は、「今どきの子どもとことわざ」と題するものだった。「子どもたちを取り巻く現状」や、「今の子どもたち」の傾向について触れた上で、今の子どもたちが、どのような形で「ことわざ」に出会っているか、「ことわざ」をどのようなものとして受けとめているかを、説得力のある調査資料を用いながら分析していた。
向井吉人氏(元小学校教員)の報告は、「ことば遊びとしての<ことわざ崩し>」と題するもので、ことわざを素材にした「ことば遊び」、とりわけ、既成のことわざを「崩す」(リメイクする)ことば遊びの世界を紹介するものだった。「強引矢のごとし」「鬼に学ぼう」「馬の耳に可燃物」「猫にごはん」「エコに小判」「蚊も泣くフカも泣く」などのパロディことわざが、時に「絵入り」で紹介され、会場をなごませた。
尾﨑光弘会員(元小学校教員)の報告は、「小学生が教える コトワザを使うコツ」と題するものだった。庄司和晃(1929~2015)の「コトワザ教育」を紹介しながら、庄司の「コトワザ教育」の眼目が、コトワザの「表の意味」から、その「裏の意味」を導かせるところにあったことが強調されていた。ここで尾﨑氏が援用した庄司コトワザ学の内容は、午前中の大島中正会員の報告内容と呼応するもので、時間さえあれば、議論が深まったであろうと惜しまれた。(永野恒雄)