山口政信 『スポーツに言葉を』

伊藤高雄

 若き日にハードルを専門種目とし、フルマラソン完走119回という明治大学教授山口政信氏のご著書『スポーツに言葉を―現象学的スポーツ学と創作ことわざ―』が上梓されました。

山口先生といえば、まず私などにはあの柔和な笑顔が思い出されます。誰もが打ち解けられる懐の深さと、時に創作ことわざを織り込んだあたたかなジョークで場をなごませてくださるあの先生です。山口先生は、本年度、明治大学にことわざ学研究所を立ち上げるなど、今ことわざを語らせたらもっとも熱い方のお一人と申して過言はないと思います。

本書では、体育やスポーツ教育において、これまであまり注目されてこなかった言葉や笑いの問題を取り上げて、言葉が活かされた環境の、笑顔をともなったコラボレーション(協調)をめざす実践的な教育論が展開されています。「わざ」(運動)の伝承と創造のために、どのように言葉の回路を取り入れることができるのか、本書では、御自身のスポーツ体験はいうまでもなく、長らくスポーツ教育に関わってこられただけに体育の現場での実態をふまえながら、さまざまな提言と試みが具体的になされています。

たとえば、自意識過剰によるパフォーマンスの失敗例(「分析による失調」というのだそうです)からスポーツにおける無意識の重要性を説明されたうえで(46p)、「人間ロボコン」という授業実践の紹介(84p)がなされます。「人間ロボコン」(愉快な命名です)とは、発話者の言葉がどれだけ伝わっているか(いないか)を確かめる運動実験ですが、現象学や心理学、運動生理学などの理論をふまえた上で紹介されますから、私など門外漢にもその意味がとてもわかりやすく伝わってきます(今度やってみようと思わせます)。「人間ロボコン」は一例に過ぎません。ほかにも、「こうしますのこうをマネてください」というテニス指導における気づきの実践(95p)、復唱の大切さ(99p)、書かないことによる日記の効用(138p)、優れたスポーツ選手の言動や対話からつかみ取る人生哲学(184p)etc。その記述はスポーツ界・スポーツ教育の内部での見聞・体験・実践例から記述されており、十分読者を飽きさせないのです。取り上げたスポーツもご専門のハードルや陸上競技に限らず、テニスのほか、卓球、野球、ゴルフ、ロッククライミング、パラグライダーetcと多彩です。「アートとしてのコーチング」(189p)という言葉を山口先生はお使いになりますが、本書にはその豊かなスポーツ体験と見聞から得られた「ことばの技」と「人生哲学」が凝縮されて紹介されているのです。

人生哲学といえば、本書のもう一つの特徴は、「創作ことわざ」にあります。もちろん伝統的なことわざも随所に登場し、巻末にはことわざ集も付載され、ことわざにおける「対諺」(反対の意味をなすことわざ)の重要性も説いておられますが、何といっても本書の特徴をなすのは、各節や文章の閉じ目閉じ目にふんだんに引用される「自分語」とも呼ばれる「創作ことわざ」にあります。山口先生は、創作ことわざの効用を、記憶力を高め、感情を調整し、コミュニケーションやコラボレーションを活性化させる方法として位置付け、実際に御自身のみならず受講者にも創作させています。山口先生はこうおっしゃいます。「人生にはテストで求められるような正解はありません。ですから、共通感覚や一体感を得るために踏んでいくプロセスが大切になります。そのプロセスとは、指導者にとっては支援言語を創造して学習環境を整えることであり、学習者にとっては運動体験における主観を述べあい、その共有化をはかりつつ客観へと迫ることです。」

「身体を練り、心を耕し、言葉を紡ぐ」—-身体、心、言葉の三位一体を説き、論理の言葉に感性の言葉を織り込みながら学んでいく、創作ことわざの実践(山口式ことわざスポーツ学とでも呼べましょう)は体育の枠組みを越えて、人生の意味の共有化のためにも有効なスキルになる可能性をもっています。(240p、遊戯社、2006年11月刊)