今田寛『ことわざと心理学』

(有斐閣、2015年)

本書は、日本語のことわざを11取り上げ、実験心理学の観点から、ことわざの内容を裏付ける実証データがどれだけあるか検証することを試みている。

たとえば、第1講の「幽霊の正体見たり枯れ尾花」では、このことわざを恐怖などによって知覚が歪む問題としてとらえる。そして、「夜目遠目笠の内」や「痘痕も靨」なども視野に入れ、「知覚の歪みはなぜ起きるのか?」(この講のサブタイトル)と課題を設定し、次に実験例がいくつか紹介される。硬貨5種のサイズの認識が金額や被験者の貧富によって違うことを示すものや、映像を見せ、モデルが持っているのが拳銃か他のものかを瞬間的に判断させると、モデルが黒人か白人かで誤答率が異なることを示すものなど、バラエティに富んだ実験例が提示され、読者を引き込んでゆく。あくまで「科学的根拠に基づくアプローチ」ということで、日常生活ではなじみのない術語も登場するが、時折心理学の歴史的展開にもふれ、専門的な知見をわかりやすく説いたコラムもあって、著者が意図したように大学の基礎演習の教材にふさわしい内容となっている。

ことわざを研究する立場からすると、従来は、ほぼ自明のこととされてきた内容にあらためて科学的検証がなされるわけだから、たいへん興味深く読了した。特に「目は口ほどに物を言う--目だけでどれほど意思は伝わるのか?」や「親は無くとも子は育つ--子の成長にとっての親の意味は?」などの実証データは、ことわざの内容を別の視点から具体的に裏付ける説得力があり、なるほど、実験心理学にはそういうデータがあるのかと感心するとともに、刺激を受けた。「知らぬ顔の半兵衛――なぜ周囲に人がいると知らん顔をするのか?」のように、ことわざの選定や課題の設定にやや疑問を感じた箇所もあるが、全体としては、著者の長い研究・教育経験をベースに近年の研究や異論にも目配りがなされ、素人目にもバランスのよい記述で、読者を飽きさせない。

ことわざの学際的研究の必要性が叫ばれて久しいが、現段階では、他分野との具体的接点を見出すことはなかなか容易ではない。地味ながら異彩を放つ本書は、学際的研究の一つの可能性を示すものとして一読をお薦めしたい。(R)

※初出「たとえ艸」第83号(2015年11月25日)