武田勝昭
研究誌『ことわざ』も第3号となり、ことわざ研究の布石としてしだいに定着しようとしている。以下、その収録論文を簡単に紹介し、若干のコメントを加えよう。
篠崎央子氏の「鹿の夢想―古代の諺と物語―」は、『日本書紀』と『古事記』にある「鳴く鹿も相夢(いめあはせ)の随(まにま)に」と「刀我野に立てる真牡鹿(まおじか)も相夢(いめあはせ)のまにまに」という二つの諺は、元来は異なる意味で使われていたが、類似した物語によって意味が引き寄せられたとする。物語と言葉を丹念に読みとることによって跡付けた手堅い文献学的なことわざ研究である。
藤村恵氏の「国語教科書におけることわざ目録稿(戦前編1)」は、東書文庫所蔵の戦前の国語教科書に収録ないし使用されたことわざを集成して五十音順(あ行~た行)に整理したものである。教科書の編者、使用学年、発行元・年が記されており、ことわざ研究はもちろん教科書史の研究にも貴重な資料となる労作である。
入佐一俊氏の「ことわざと差別」は、『故事俗信ことわざ大辞典』(小学館)に収録された4万余のことわざから差別諺約4千を選び、出身地(4%)、職業(19%)、身体障害(7%)、病気(5%)、人の恰好・性格(20%)、女性(18%)など13項目に分けて具体例を示して解説を加えたものである。差別諺の特色、消え行く諺、対策についても考察してあり、ことわざと切っても切れない差別問題を扱うための基礎資料として意義のある論文である。
高村美也子氏の「ことわざからみる教え―スワヒリ語のことわざを通して―」は、タンザニアのダル・エス・サラームで男と女を題材にしたことわざの聞き取り調査を行い、「家庭内およびコミュニティーでの子供への教え」を考察した論文である。若年層ほどことわざへの関心が低く、また学校で耳にする機会が多いなど、NHKによる1992年の調査と類似の現象が見られて興味深い。
鄭芝淑氏の「10分間想起式アンケートによる日韓のことわざ調査」は、日本語と韓国語のことわざの認知度を比較したもので、10分間に思いつく限りのことわざを書き出してもらい、回答者の多い(認知度が高い)ものから順位付けをするという方法を採用している。ことわざリストはもちろん、年齢別、性別、職業別の集計結果も掲載されて資料価値が高いばかりでなく、資料の取り扱いや、不完全な回答の処理など、基本的な研究作法について周到な考察を加えており、ことわざ研究の新たな展開を期待させるレベルの高い論文となっている。(ことわざ研究会刊、2004年3月31日発行)