小さい頃はことわざを多く聞く環境にはなかったせいか、とくにこれといった思い出はありません。わたしのこれまでの人生で、ことわざとの関わりでいうと、二つの大きな体験がありました。一つは若い頃から名言や人生訓に興味を持ち、自分なりに少しずつ集めてきたこと。もう一つは会社定年後、韓国語の市民講座で北村孝一さんに出会い、その後『故事俗信 ことわざ大辞典 第二版』(小学館)の編纂チームに加えていただいたことです。
――韓国語の学習はいまも続けていらっしゃいますか?
はい、何とか続けています。ただ、このところ年のせいか覚えが悪くなったのを感じます。
――編纂チームではどんなお仕事を?
わたしのチーム内での仕事は、用例をその原典と照合することが中心でした。そのほかゲラを校正する作業もあり、それは、ことわざの広く深い世界に触れる絶好の機会となりました。「知りて知らざれ(老子)」「聞いた事は聞き捨て(町人囊)」「学はすべからく静なるべし(小学)」など、人間の心と行動の機微をとらえたことわざを、たくさん知ることができました。
――お若い頃、名言や人生訓に興味を持った理由は?
自分の人生の糧にしたいと思ったからです。自分で言うのもなんですが、わたしは生来、気の弱いたちで、生きていくための支えとなる言葉を、無意識のうちにも求めていたのだと思います。
――名言や人生訓はどのようにして集めたのですか?
新聞、雑誌、本、テレビや、人から直接聞いた話のなかで、心にとまった言葉を拾い、メモしてきました。例えば「人、老いては口別嬪(ほめ上手)になるべき」は田辺聖子の新聞掲載エッセイから。「覚悟し、実践し、継続せよ」は吉野俊彦(元日銀理事)の著書から。「休息は力の根源である」は平林寺の山門わきの掲示から、といった具合です。短文だけでなく、カール・ヒルティの「幸福論」のなかの文章などは、引き写すのに大学ノート2ページにわたるものもありました。
――昨年は例会でことわざ収集の話をされましたね。
はい、「‛生きる知恵としてのことわざ’ 収集」というテーマで、上に述べた『ことわざ大辞典』で知ったことわざのいくつかと、自分で収集した名言を紹介し、それぞれのどこに共感したのかを、みずからの体験をまじえながら発表しました。あわせて自宅ではワンセット31例のことわざを選んで、自分用の「日めくりカード」(カレンダー)を、4セット作ったことも話しました。
日めくりカードを作った理由は、金言や教訓は文字を1~2回読んだだけではなかなか身につかない。だからカードに書き、それをくり返しくり返し見ていれば、次第に自分の血肉となるのではないか、そう思ったのです。「争論は一方の堪忍に終わる」もその一つ。頻繁に目にしていれば、むやみに腹を立てなくなるだろうと……。しかし、カードを作って数年経った今も、残念ながら「堪忍」は未だわたしの身についていません。
――今後の研究テーマは?
名言、人生訓などの収集を、これからも続けていきたいと思います。最近、音楽、とりわけポピュラーのヒット曲の歌詞のなかに、名言や人生訓といっても過言でない素敵な言葉がたくさんあることに、いまさらながら気づきました。例えば、「♪ 人を愛するため/人は生まれた/苦しみの数だけ/やさしくなれるはず」(高橋真梨子「遥かな人へ」)、「♪No matter what they take from me/they can’t take away my dignity(彼らが私から何を取り上げようとも/私の尊厳まで奪うことはできない)」(ホイットニー・ヒューストン 「Greatest Love Of All」)などです。二つともなかなか感動的な歌詞ではありませんか。感動を与えてくれる言葉、生きるヒントになる言葉は、世の中のさまざまな分野にいくらでも存在するのだと思います。昔からある珠玉のことわざに加え、広いジャンルから、このような新たな名言も拾っていけたらと考えています。
プロフィール
さとう・おさむ
1945年新潟県生まれ。埼玉県新座市在住。1969年PHP研究所に入所。定年まで勤務。普及部(営業)などを経て書籍編集部門へ異動。長く児童書編集の仕事にたずさわった。定年後に始めた随筆ブログを今も続けている。
※初出「たとえ艸」第99号(2025年4月30日)
